バレエ大国で魅せたABTの古典再解釈 ―ABT2016年パリ公演―


LA BELLE AU BOIS DORMANT (Ballet en prologue et trois actes)
Compagnie invitée : American Ballet Théâtre (Kevin Mckenzie)
Musique : Piotr Ilyitch Tchaikovski
Chorégraphie : Marius Petipa (1890)
Mise en scène et Chorégraphie additionnelle : Alexei Ratmansky (2015)
Décors et Costumes : Richard Hudson
D’après : Léon Bakst
Lumières : James F. Ingalls
Assistante du chorégraphe : Tatiana Ratmansky
Orchestre de l’Opéra nationale de Paris
Direction musicale : Ormsby Wilkins, Charles Barker, David LaMarche
Avec la participation des élèves de l’École de danse de l’Opéra national de Paris

(Opéra Bastille,2-6, 7-10 sept. 2016)
(アメリカン・バレエ・シアター『眠れる森の美女』、パリ、オペラ・バスティーユ、2016年9月2-4,6-10日)

西井華絵(立教大学文学研究科前期課程2年)

9月初旬、ヴァカンスを終え、日常を取り戻し始めたパリの街、「シーズン幕開け」にいわば先駆けて今年度オペラ座に招かれたのはアメリカン・バレエ・シアター(ABT)である。1940年、“バレエも舞台芸術のひとつであり、ダンサーは華麗な役者である”と(するルチア・チェーズとオリビア・スミスによって)設立され、当初からバランシンやフォーキンなど名だたる振付家が活躍し、バルシニコフを筆頭にバレエ史に残る名ダンサーを数多く排出してきたABT。古典レパートリーの継承と同時に若手振付家、特にアメリカ人の創作活動の支援にも力を入れているこの劇団は、今日バレエ業界全体が苦境に立たされている中で、アメリカ的ショービジネスの形で商業的にも成功を収めてきた。バレエといえばロシア・フランス・イギリスというイメージがいまだ持たれがちだが、今やABTは三大バレエ大国に引けを取らない実力・実績・人気を誇っている。

『眠れる森の美女』に関して4つの異なるプロデュクションを所有するABTが今回パリの地で上演した(2015年初演の)ラトマンスキー版のテーマは、ズバリ1890年にマリインスキー劇場で初演されたプティパ版への回帰である。いくつものヴァリエーションがコンクールなどで頻繁に踊られるこのチャイコフスキー三大バレエの一つは、ある程度バレエに親しんできた人であれば音楽を聴くと同時に頭の中で「振り」が再生されてしまうほどに覚え込んでいる作品(少なくとも私にとってそうである)。豪華絢爛なヌレエフ版を観慣れているパリジャンにとっても、原点回帰を目指すラトマンスキー版の振付は新鮮さとともに多少の違和感を抱いてしまうものかもしれない。ステパノフ記譜法による記録を丁寧に解読し再構成された振付は、従来のクロバットな大技を控えたドゥミポワントでの細やかな足技で連続である。全体的にアップテンポな音楽に乗せて、カウントいっぱいに詰め込まれた技の数々を一糸乱れず繊細に魅せるコールド(群舞)の動きは、ワルツに関しては若干のくどさやせわしなさを感じさせるものの、全体的にはABTのダンサーの技術の高さが存分に発揮される構成となっている。

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華やかな一幕と三幕は、チャイコフスキーとプティパ、そして初演当時の劇場支配人セヴォロスキーが目指したフランスの太陽王の時代の世界観をより忠実に再現、一方で二幕、色彩を落としたセットや衣装はワトーの絵画そのものであり、舞台全体から王子の倦怠感が醸し出されている。初演への回帰を目指しているものの、衣装に関しては科学技術の進歩を活かし、初演にこだわりすぎない、現代に即した色彩と軽さでデザインされている。アメリカらしく個々のキャラクターの「色」が踊りや衣装からしっかり出ていて見ているだけでもとても楽しい公演である。

今回観た4公演(9/2, 6,10夜公演、9/3昼公演)、どのオーロラ姫も上品なヌレエフ版のオーロラ姫と比べ、若々しくハツラツとした印象が強く、カッサンドラ・トレナリー(9/2,10夜公演)のオーロラ姫は童話から飛び出してきたような愛らしさ。若手ダンサーの多いABTらしさが配役にも反映されている。そんな中、ABTと聞いてパリジャンの待ち望んでいたのはやはりダニエル・シムキンであろう(9/2, 10夜公演)。3幕、過去バルシニコフも踊ったブルーバードとして満を辞して登場した彼は一段と大きな拍手で観客に迎えられた。このパ・ド・ドゥではシムキンの重力を感じさせない伸びやかな跳躍が大いに堪能できる。圧巻だったのはコーダで魅せたブリゼボーレ。疲れなど全く感じさせない軽やかな跳躍はまさに鳥のようで、技術などでは到底たどり着けない、彼の持って生まれた柔軟な筋力があってこその跳躍であろう。今日の男性バレエダンサーナンバーワンとも言える彼をパリ公演でブルーバードのみに起用するあたりにもこのカンパニーの自信が垣間見れる。

パリ・オペラ座は2013年に300周年を迎え(正式にはバレエ学校誕生から300年)その輝かしい歴史が盛大に祝われたが、ブリジット・ルフェーブルやベンジャマン・ミルピエを指揮官としたパリは、近年コンテンポラリー寄りの傾向を見せ、今シーズンも古典作品は『白鳥の湖』と『ラ・シルフィード』の2作品のみしか上演しない。そのようなパリ・オペラ座の劇場でABTが眠れる森の美女を選んだ意義は大きい。「オペラ座」の人気を長らく牽引してきた名だたるダンサーたちが近年次々と定年を迎えカンパニーを去っているパリ・オペラ座は今まさに過渡期にある。コンテンポラリーも良いが、300年の歴史を持つ劇団として古典の伝承にももう少し力を入れてほしいというのが個人的な密やかな願いである。今回のABTの初演回帰を目指した古典作品への観客の反応を、新たに芸術監督に就任した元エトワールのオレリー・デュポンがどう受け止め舵をとっていくのか、今後のパリ・オペラ座の動向に注目していこうと思う。


2016/11/25

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