音楽劇としての『病いは気から』
劇団俳優座公演No.331 モリエール『病いは気から』公演(俳優座劇場、2017年1月11日より1月22日まで)によせて
秋山伸子(青山学院大学文学部教授)
バロック音楽ブームのきっかけの一つとなったのが、パスカル・キニャール原作、アラン・コルノー監督の映画『めぐり逢う朝』(1991年)ではないだろうか。この流れに呼応するかのようにして、パリ・シャトレ座で行われたウィリアム・クリスティ指揮、ジャン=マリ・ヴィレジエ演出の『病いは気から』の舞台(1990年)は今や伝説となり、この精神を受け継ぐようにして、東京でも北とぴあ、さくらホールで、シャルパンティエの音楽を中心にした公演(寺神戸亮指揮、宮城聰ステージング、ノゾエ征爾潤色、2012年)が行われている。喜劇の本筋とはあまり関連がないとして従来軽視されカットされる傾向にあった幕間の音楽劇が、バロック音楽ブームに乗って逆に注目されるようになってきたのだ。
今回の俳優座公演では、劇団俳優座文芸演出部の髙岸未朝による詩に、オペラシアターこんにゃく座代表・音楽監督の萩京子が作曲するというじつに贅沢な企画が実現した。モーツァルトの『魔笛』などオペラ演出においても見事な手腕を発揮している髙岸と、『金色夜叉』のように日本語によるオペラにおいて独自の境地を切り開いている萩の力が集結して、モリエール作品の新たな魅力が引き出されることが期待される。ルイ14世の武勇を讃えるプロローグでは、宮廷バレエや牧歌劇など、当時の貴族たちが楽しんでいたお上品な作りごとの世界が展開するのだが、髙岸、萩は、太陽王ルイ14世治世の華やかさの裏側に光を当てて、私たちを劇世界へと誘う。コンメーディア・デッラルテの道化ポリシネル(プルチネッラ)が登場してヴァイオリンとの愉快なやり取りを繰り広げ、オーボエ、ヴァイオリン、ピアノの生演奏が祝祭的な舞台の雰囲気を盛り上げて、アルガンを医者にする儀式でクライマックスに達して爽快感をもたらすこのお芝居は、新春の初笑いにうってつけだ。
俳優座がモリエール作品を取り上げるのはじつに13年ぶりのことだが、前回(2004年)タルチュフ役を演じた中野誠也がアルガン役で登場する。恩人の好意と信頼を裏切り、恩人の妻を誘惑しようとするタルチュフとはうって変わり、アルガンは、妻ベリーヌに手玉にとられる役どころで、幼い娘にかつがれる場面もある。アルガンの前で「即興のちょっとしたオペラ」を歌ってみせるクレアントとアンジェリックばかりでなく、医者ディアフォワリュス氏を演じる島英臣が幕間劇ではポリシネルとしてセレナーデを披露したり、ヴァイオリンと珍妙な掛け合いを見せたりと、音楽劇としての面白さがこの戯曲をより喜劇的なものとしているように思える。歌い手としても傑出した技量を見せる俳優たちによって歌われるプロローグの合唱によって観客は劇世界へと一気に引き込まれ、そのままフィナーレの合唱まで喜劇の力に、そして音楽の力に絡め取られてしまうことだろう。
https://www.haiyuza.net/公演案内2017年/病いは気から/