18世紀オペラの幻想:ラモーの《プラテ》

Jean-Philippe Rameau, Platée, Opéra, comédie lirique (ballet bouffon) en un prologue et trois actes, 1745 (Musique : Jean-Philippe Rameau. Livret : Adrien-Joseph Le Valois d’Orville. D’après Jacques Autreau.)
Direction musciale : Marc Minkowski
Mise en scène, costumes : Laurent Pelly
Chœur et Orchestre des Musiciens du Louvre Grenoble
Thespis : Frédéric Antoun
Un Satyre, Cithéron : Alexandre Duhamel
Momus : Florian Sempey
Thalie, La Folie : Julie Fuchs
L’Amour, Clarine : Armelle Khourdoïan
Platée : Philippe Talbot
Jupiter : François Lis
Mercure : Julien Behr
Junon : Aurélia Legay
Palais Garnier
(《プラテ》、パリ・オペラ座、2015年10月4日)

白川理恵(目白大学非常勤講師)

幕が下りて興奮冷めやらず余韻に浸りながらオペラ座から出ると、暑かった夏の喧騒からようやく逃れたパリの夜気がほてった頭に心地よい。しかし、現実に引き戻されるというよりは、まだ祝祭気分にいるようだ。ということは、私も見事に幻想の国に連れて行かれたということだろうか。18世紀オペラの巨匠ラモー作曲の《プラテ》は、18世紀に大人気を博したように、現代においてもなお観客を魅了し、もっかフランスで流行しているバロック・オペラの愛好家たちの期待に見事に応えた。

ジャン=フィリップ・ラモーは、ジャン=バティスト・リュリらによる前世紀の宮廷オペラを受け継ぎ、フランス・オペラを躍進させた偉大な作曲家だ。和声論を物したラモーは、みずからのオペラにも和音の充溢を図り、当時フランスのオペラの手法として機能していた「驚異」を多用しながら「幻想」の世界を演出した。二つの感覚器官、耳と目の両方から聴衆を幻想世界に一気に引き込んだのだ。

《プラテ》は、ラモーの存命中にもっとも人気を博した作品の一つである。1745年に王室の結婚式の余興としてヴェルサイユで初演され、その後1749年にパリのオペラ座で一般上演された。王室の祝宴にふさわしく、ギリシア神話に題材を求め、フランス・オペラの伝統を踏襲したコメディ・バレエだが、なんと主人公は沼に棲むカエルの妖精プラテ。当時の観客たちを魅了した驚異・和音・滑稽などの要素をふんだんに取り込んだ一大エンターテイメントだ。

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こうした要素のことごとくに敵意をむき出しにしたのが、ジャン=ジャック・ルソーである。ユーモラスなしぐさでカエルたちが歌いながら « Quoi ? » を連呼する序曲の「カエルの合唱」は聞きどころの一つだが、 ルソーは『言語起源論』でここぞとばかりに掴みかかる。「騒音は歌で表さねばならないし、カエルを鳴かせようとするのならカエルに歌わせねばならないということを、その音楽家に教えてやりたい。」こう大御所ラモーに向かって反旗を翻すのだ、あえて名指しすることなく、だが誰の目にも明白に。ルソーはさらにこうも述べる。「和声だけでは、ただそれだけに依存しているような表現の場合でさえ、不十分である。雷、小川のせせらぎ、風、嵐などは、たんなる和声だけではうまく表現できない。どんなにしてみても、騒音だけでは精神に何も訴えない。」ラモーの和声優位の音楽までもが非難されるわけだ。なぜなら、ルソーにとっての「幻想」は、周到に模倣された描写にたんに感心することではなく、「心に触れ、心を動かさねばならない」ものだからだ。

その意味で、今回のオペラ座での演出には驚いた。舞台上のプラテの棲む沼に、オペラ座の観客席を模した沼地が広がっていたからだ。私たちは、まるで鏡を見るようにプラテの沼を覗き込むことになる。そこにいるコケットで滑稽なカエルたちは私たち自身なのではないだろうか、と問わずにはおられない。諷刺を楽しむはずの観客たちが、あわや諷刺の対象になろうとしているのだ。確かにルソーの懸念の一つもそのようなところにあったのではないだろうか、それは他者の滑稽さを嘲笑することに対する病的なまでの不安だ。この日のオペラ座にはたしかに、18世紀の幻想とは異なる、現代の幻想空間が広がっていた。

この《プラテ》、日本でも2014年11月に寺神戸亮氏が率いる楽団レ・ボレアードが当時の楽器を使用し、華やかに上演を果たした。そして《プラテ》が再び2016年5月に日本で上演される。この機会にぜひ18世紀オペラの幻想を楽しんでみてもらいたい。


2016/04/17

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